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2020-02-07

九谷焼(その30)


「展示棟」(その17)…「江沼九谷の代表的な様式・再興九谷の流れ…古九谷が廃絶して以後、加賀の地では、約100年間磁器は生産されませんでした。江戸後期にいたり金沢で春日山焼が興り、ようやく磁器生産が復活しました。しかしわずか二年あまりで九谷焼再興に夢をかけた青木木米は失意のうちに去ってしまいます。窯の経営を引き継いだ金沢町会所は、九谷の再興ではなく、量産できる磁器の生産を望んでいたからです。木米とともに来藩した本多貞吉はその後も残り、能美郡若杉で若杉焼を興しました。大聖寺町の豪商吉田屋伝右衛門は、若杉焼の成功に触発されて、九谷焼再興の夢をはたしました。その後窯の経営者は宮本屋・大聖寺藩営・塚谷竹軒・九谷陶器会社へと引き継がれましたが、明治初年まで九谷焼というのはこの窯と、その影響を受けた旧江沼郡内で製作されたもののみにゆるされた名称でした。」
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